後藤徹の陳述書? 

後藤陳述書(5)

陳述書の構成 (08年4月2日作成)
1・略歴/2・統一教会への入会/3・第1回目の監禁/4・第1回目の監禁から脱出後の経緯
5・第2回目の監禁/(1) 新潟のマンションでの監禁
(2) 東京のマンション(1カ所目)での監禁
(3) 東京のマンション(2カ所目)での監禁/(4) 宮村等による脱会説得/(5) ハンガーストライキの決行(第1回目21日間)/(6) ハンガーストライキの決行(第2回目21日間)/(7) ハンガーストライキの決行(第3回目30日間)/(8) 監禁からの解放
6.入院後の経緯/7.最後に
今回アップしたのは青色の部分です。

 


「写真説明」荻窪で宮村氏の非道を訴える後藤徹氏。ビラを受け取る通行人。
(写真をクリックすれば拡大し、ビラをクリックして少しカーソルを移動すれば裏面も見ることができます)

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後藤徹の陳述書? 

後藤陳述書(6)

陳述書の構成 (08年4月2日作成)
1・略歴/2・統一教会への入会/3・第1回目の監禁/4・第1回目の監禁から脱出後の経緯
5・第2回目の監禁
(1) 新潟のマンションでの監禁/(2) 東京のマンション(1カ所目)での監禁
(3) 東京のマンション(2カ所目)での監禁
(4) 宮村等による脱会説得/(5) ハンガーストライキの決行(第1回目21日間)/(6) ハンガーストライキの決行(第2回目21日間)/(7) ハンガーストライキの決行(第3回目30日間)/(8) 監禁からの解放
6.入院後の経緯/7.最後に
  青印が今回アップした部分です。



(3) 東京のマンション(2カ所目)での監禁

 1997年12月末頃、母、兄夫婦、妹及び多くの見知らぬ男性らによって再度ワゴン車に監禁され、荻窪フラワーホームという名称のマンション(杉並区荻窪3?47?15)に連行され、同マンションの804号室に監禁されました。

 (注)写真はフラワーホーム(筆者撮影)。『我らの不快な隣人』では「フラワーホール」と記載しましたが、正しくは「フラワーホーム」です。訂正しておきます。クリックすればおおきくなります。
12年間監禁場所となった「フラワーホーム」

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アクセス数2万件を達成 

お知らせ(9)

 長いゴールデンウィークが終わりましたが、みなさんはどう過ごされたのでしょうか。
 私は、田舎(島根県松江市)に戻り、実家から外に出ることなく、部屋の片づけと老母の話し相手をやってきました。
 その期間にアクセス件数は2万を超えました。ご愛読、感謝深謝であります。

 なお、前回のお知らせでも書きましたが、本の目次にあたるブログの骨格(←クリック)を更新しました。日々のブログが全体の中でどんな位置づけになっているのか確認できるので、ときおり覗いてください。
 初めてアクセスされる方は、「ブログの道しるべ」を読まれ、そのあと興味がわくようなカテゴリーから入られると、古い順から系統的に読むことができます。

では、引き続き、後藤陳述書をアップいたしますので、統一教会、反統一教会といった立場を超えて、12年間も監禁されていた後藤徹氏の訴えに耳を傾けてください。

 そろそろ真打ち(宮村峻氏)登場です。

後藤徹氏が監禁されていたマンションの構造 

 後藤徹氏が監禁されていたマンションの構造

 後藤徹氏は、荻窪のマンション「フラワーホーム」に97年12月から07年2月までの9年2カ月間、監禁されていた。
 といっても、リアリティをもって想像することはできないだろう。
 それは、あまりにも非日常的で異常な出来事だからだが、それ以外にも、どんなところで監禁生活を過ごしたのかわからないことも原因していると思う。

 そこで、「フラワーホーム」804号室の部屋の間取りを以下に明らかにしておく。
 これから続ける後藤陳述書が少しばかりリアルに理解できると思う。

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後藤徹の陳述書? 

後藤陳述書(7)

陳述書の構成 (08年4月2日作成)
1・略歴/2・統一教会への入会/3・第1回目の監禁/4・第1回目の監禁から脱出後の経緯
5・第2回目の監禁
(1) 新潟のマンションでの監禁/(2) 東京のマンション(1カ所目)での監禁/(3) 東京のマンション(2カ所目)での監禁
4) 宮村等による脱会説得<上>
(5) ハンガーストライキの決行(第1回目21日間)/(6) ハンガーストライキの決行(第2回目21日間)/(7) ハンガーストライキの決行(第3回目30日間)/(8) 監禁からの解放
6.入院後の経緯/7.最後に
 青印が今回アップした部分です。

(4) 宮村等による脱会説得

 1998年1月初旬から同年9月頃にかけて、宮村峻が元信者等を引き連れて804号室に来訪し、棄教強要を行うようになりました。

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後藤徹の陳述書? 

後藤陳述書(8)

陳述書の構成 (08年4月2日作成)
1・略歴/2・統一教会への入会/3・第1回目の監禁/4・第1回目の監禁から脱出後の経緯
5・第2回目の監禁
(1) 新潟のマンションでの監禁/(2) 東京のマンション(1カ所目)での監禁/(3) 東京のマンション(2カ所目)での監禁
4) 宮村等による脱会説得<下>
(5) ハンガーストライキの決行(第1回目21日間)/(6) ハンガーストライキの決行(第2回目21日間)/(7) ハンガーストライキの決行(第3回目30日間)/(8) 監禁からの解放
6.入院後の経緯/7.最後に
 青印が今回アップした部分です。



5・第2回目の監禁
4) 宮村等による脱会説得<下>

1999年12月、私は世の中のことが分からないまま年月が経過していくことに激しい不安感を感じ、家族に対し、『現代用語の基礎知識』を持ってくるよう要求しました。ところが、この要求を拒否されたため、家族等との間で激しい言い合いとなりました。(注)36歳

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後藤徹の陳述書? 

後藤陳述書(9)

陳述書の構成 (08年4月2日作成)
1・略歴/2・統一教会への入会/3・第1回目の監禁/4・第1回目の監禁から脱出後の経緯
5・第2回目の監禁
(1) 新潟のマンションでの監禁/(2) 東京のマンション(1カ所目)での監禁/(3) 東京のマンション(2カ所目)での監禁/(4) 宮村等による脱会説得
(5) ハンガーストライキの決行(第1回目21日間)
(6) ハンガーストライキの決行(第2回目21日間)/(7) ハンガーストライキの決行(第3回目30日間)/(8) 監禁からの解放
6.入院後の経緯/7.最後に
青色が今回アップした部分です。


もう8年だぞ!

5・第2回目の監禁
(5) ハンガーストライキの決行(第1回目21日間)

 2004年4月、このままでは一生監禁されたままで終わるのではないかとの恐怖心に襲われましたが、2001年2月にはどんなに私が脱出しようとしても取り押さえられた経緯があったことから、遂に私は21日間のハンガーストライキを決行し、長期監禁に抗議しました。(注)40歳

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図書を追加しました。 

お知らせ(10)

推薦図書にチャルディーニの『影響力の武器』、またこのブログで批判する・批判した本を「批判対象図書」として、西田公昭の『マインド・コントロールとは何か』、櫻井義秀の『「カルト」を問い直す』、全国統一協会被害者家族の会の『自立への苦闘』を追加しました。
 まだ読んでいない方は、どうぞ読んでみてください。

なぜ、信者家族は子どもを拉致監禁するのか。
その理由のひとつが西田氏の本にあります。
牧師など脱会説得者は信者家族に「マインド・コントロール論」の学習を勧め、家族は西田氏の本を読みます。そうすると、子どもは統一教会からマインド・コントロールされていると思い込んでしまうのです。
 宗教関係の学者から、西田氏の本は非科学的だと批判されているにもかかわらず、まったくもって不思議な話です。

批判的な学者の論文が掲載されている『新世紀の宗教』を推薦図書としてあげておきました。大阪大学の渡邉太氏の<洗脳、マインドコントロールの神話>は必読論文です。

 本ブログでの『マインド・コントロールとは何か』についての批判は、「一筆一論」、とりわけ(5)から(8)で批判的に検討を加えました。『我らの不快な隣人』では第12章で詳述しています。

 家族の方は吟味再読を!
 信者の方は初読を!偏見をもつことなく、素直に読んでみてください。親がどんな本を読んでいるのかという好奇心からでもかまいませんので。

後藤徹の陳述書?  

後藤陳述書(10)

陳述書の構成 (08年4月2日作成)
1・略歴/2・統一教会への入会/3・第1回目の監禁/4・第1回目の監禁から脱出後の経緯
5・第2回目の監禁
(1) 新潟のマンションでの監禁/(2) 東京のマンション(1カ所目)での監禁/(3) 東京のマンション(2カ所目)での監禁/(4) 宮村等による脱会説得/(5) ハンガーストライキの決行(第1回目21日間)
(6) ハンガーストライキの決行(第2回目21日間)
(7) ハンガーストライキの決行(第3回目30日間)/(8) 監禁からの解放
6.入院後の経緯/7.最後に
 青色が今回アップしたところです。


5・第2回目の監禁
(5) ハンガーストライキの決行(第2回目21日間)

 2005年4月、私がハングルを勉強するための教材を持ってくるよう家族に要求したところ、兄嫁及び妹がこれを拒否し、激しい言い合いになりました。(注)41歳

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後藤徹の陳述書? 

後藤陳述書(11)

陳述書の構成 (08年4月2日作成)
1・略歴/2・統一教会への入会/3・第1回目の監禁/4・第1回目の監禁から脱出後の経緯
5・第2回目の監禁
(1) 新潟のマンションでの監禁/(2) 東京のマンション(1カ所目)での監禁/(3) 東京のマンション(2カ所目)での監禁/(4) 宮村等による脱会説得/(5) ハンガーストライキの決行(第1回目21日間)/(6) ハンガーストライキの決行(第2回目21日間)
(7) ハンガーストライキの決行(第3回目30日間)
(8) 監禁からの解放
6.入院後の経緯/7.最後に
 青色が今回アップしたところです。


5・第2回目の監禁
(7) ハンガーストライキの決行(第3回目30日間)

 2006年4月、私が家族にノートを持ってくるよう要求したところ、兄嫁及び妹がこれを拒否し、またしても激しい言い争いになりました。そこで私は、今度は以前にもまして長期のハンガーストライキを決行しない限り監禁から解放されることはないと思い、3回目のハンガーストライキを30日間決行しました。(注)42歳

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後藤陳述書(12)

陳述書の構成 (08年4月2日作成)
1・略歴/2・統一教会への入会/3・第1回目の監禁/4・第1回目の監禁から脱出後の経緯
5・第2回目の監禁
(1) 新潟のマンションでの監禁/(2) 東京のマンション(1カ所目)での監禁/(3) 東京のマンション(2カ所目)での監禁/(4) 宮村等による脱会説得/(5) ハンガーストライキの決行(第1回目21日間)/(6) ハンガーストライキの決行(第2回目21日間)/(7) ハンガーストライキの決行(第3回目30日間)
(8) 監禁からの解放
6.入院後の経緯/7.最後に
 青色が今回アップしたところです。


5・第2回目の監禁
(8) 監禁からの解放

生活が困窮

 2007年11月頃になると、兄嫁は私に対して、
「あんたこの部屋を維持するのにどれだけお金が掛かっていると思っているの」

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後藤徹の陳述書? 

後藤陳述書(13)

陳述書の構成 (08年4月2日作成)
1・略歴/2・統一教会への入会/3・第1回目の監禁/4・第1回目の監禁から脱出後の経緯/5・第2回目の監禁(1) 新潟のマンションでの監禁(2) 東京のマンション(1カ所目)での監禁(3) 東京のマンション(2カ所目)での監禁(4) 宮村等による脱会説得(5) ハンガーストライキの決行(第1回目21日間)(6) ハンガーストライキの決行(第2回目21日間)(7) ハンガーストライキの決行(第3回目30日間)(8) 監禁からの解放
6.入院後の経緯
7.最後に
 青色が今回アップしたところです。


6.入院後の経緯 

2月11日(午前2時頃)に一心病院に入院した頃は、立とうとすると膝の骨に激痛が走るため、独力での歩行ができない状態が続き、2月下旬頃まで車椅子を利用しました。その後、歩行器を利用するようになり、3月4日頃から松葉杖と歩行器を併用するようになりました。

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